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SkiAgain:2009-02-11(水) (通勤ラッシュ? いや、スキー場ラッシュ。)
投稿日:2009-02-12(木)

 県内ないし隣県のスキー場にアクセスするにはChugoku自動車道を利用します。自宅の最寄りのインターチェンジからSanyo高速道に入ると、しばらくしてその自動車道への分岐に差しかかります。今日はそちらへ分岐していく車が多く見られました。多くはスキー場に向かうとおぼしき車です。しかも、追い越し車線を急ぐ車が目立つのです。今冬になって休日(日曜日)にスキーに行ったのは三度ありますが、こんなに車が多かった日は記憶がありません。不思議な気持ちになりました。時計見ると8時過ぎ。ああ、そうか! 今日は週半ばの休日です。勝手な想像ですが、これらの車は、時間からして、出勤モードで家を出てきたのではないでしょうか。そして出勤モードでアクセルを踏んでいる… スキー場に着くと駐車場はすでに車であふれていました。すると、高速道で私の車を追い抜いて行った車は出勤モードではなく、遅刻すれすれモードだったということでしょうか。遊びモードのときにも、日頃の行動パターンがつい出てしまうのかもしれません。

 今日は隣県のAsahi_tengu_suton(スキー場の正式名称はカタカナ表記)スキー場を雪遊びのゲレンデとして選びました。この"tengu_suton"という名前、おそらくは県境にある「てんぐ いし やま」(地名としては漢字表記)から来たのだと思います。このスキー場では、そのカタカナ表記を、英語では「十個の、良い、石たち」と表記していますから、言葉遊びとはいえ、なかなか考えた名前と思えます。

雪の初級コース
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雪の初級コース。
 昼間は雪だった。正確には、雪だったり、みぞれだったり、あられだったり、雨だったりした。午後の後半は晴れてきた。
 
 ゲレンデは混んでいました。家族連れも多く、初級コースでは、お父さんを先頭に、小さい子どもが続き、最後尾ではお母さんが子どもたちに「そこで腰を落として!」とボーゲンのターンを指示する微笑ましい光景も見られました。さながら雪の上をいく鴨の一家です。

 私は今日も《子連れ狼》(といっても子どもはもう《大五郎》のようには小さくありません)。スノボ3日目の子どもは午後は個人レッスンを受けました。うまくなりたい一心で自分から申し込んだのです。受講料も子ども負担(お年玉を振りあてた)。インストラクターは20代前半と思われるお兄さんでした。2時間、みっちりと指導してもらったようです(ちなみに、受講料は《樋口一葉》が二枚です)。そのお兄さん、高等学校までは野球(ポジションはサード)をやっていたそうで、その点でも、野球部の子ども(ポジションはショート)とうまがあったのではないかと思います。別れ際にはお兄さんから「野球もしっかりやれよ」と激励されていました。

 スノーボードはバインディング[ボードへ靴を締めつける金具]のセンティングから教えてもらったようです。レンタルのボードなので、セッティングが悪かったようです。そこで、レッスン前にセッティングをやりなおした、とのことでした。利き足はやや前方向なるよう金具をセットする、とインストラクターのお兄さんはレッスン後に私に説明してくれました。さらに、子どもにふさわしい金具の角度(両足それぞれ違う角度)をメモにして渡してくれました。基本をしっかりと教えてもらったおかげもあって、子どもはレッスン後、今までにましてうまく滑れるようになりました。子どもは個人レッスンに満足していました。


 私の方は、と言えば、相変わらず(低級スキーヤー)です。進歩と言えば、転倒する回数が減ってきたことぐらいでしょうか。今日は4回しか転びませんでした。頭部強打はなし。転び方がうまくなるのも、立派な進歩ではないでしょうか(笑)。リフトからうまい人の滑りを見ていると感嘆しますね。動きとスピードもさることながら、滑ったあとに残るシュプールまでも美しい。二本のレールのような跡が残ります。ターンしたところでもシュプールはぶれていません。私などはまっすぐ滑ったつもりでも、二本のスキー跡がそれぞれに曲がっていますし、ターンしたところなどは横滑りの跡しか残っていません。私はいつになったらあのような美しい滑りができるようになるのでしょうか。まあ、年齢から考えると一生無理でしょうが(笑)

営業終了間近のゲレンデ
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17時のゲレンデ風景。上級コース。画面には見えないが、まだ沈まぬ夕日が左側にある。
 今冬最初のスキー遊びは冬至だったが、その頃は17時になると日は沈み暗くなりかけていた。ゲレンデには照明が灯ったほどだった。しかし、いまは明るい夕日が残っている。その日差しに春が近づいているのをはっきりと感じる。今冬の雪遊びは終盤に入った。
 いつものように営業終了まで滑りました。来るときから分かっていたのですが、車の燃料が少なくなっていました。自宅にたどり着けるかどうか不安になるくらいの量でした。高速道路のサービスエリアで給油することはできますが、できれば高速に入る前にやっておきたい、と走りながらガソリンスタンドを探していると、JAのサービスステーションが見えました。ガソリンスタンドに入っていくと、建物に電気はついていて人の姿は見えるのですが、こちらを見ても動きが緩慢です。ためらっているようにも思えました。やっと出てきた年配の女性が「車にガソリンはもう残っていませんか。いま電気を落としたところなんですよ」。営業を終了しようとしたところだったのです。「もうないんです」と私。その人は建物の中にいた人に合図をして電気を入れました。「いま電気を入れましたから、少し待ってください」と女性。燃料タンクを満杯にしてもらいました。私は車を出す前、女性に「どうも済みませんでした」と挨拶しました。するとその女性「いやいいですよ。どうぞお気をつけてお帰りください」と挨拶を返してくれました。不機嫌な態度をとられても仕方ないのに、いやそもそも、営業は終了しました、とつっけんどんに追い出されても仕方ないのに、心なごむ言葉でした。

 遊び疲れ、満ち足りた気持ちで、高速道の暗闇のなか家路を急ぎました(といっても、途中のサービスエリアで、子どもとラーメン一杯を分け合い-たくさん食べて夕食が進まないと、シェフに不機嫌な顔をされますから-、減った小腹[大腹?]を満たしましたが)。
村便り:2009-02-08(日) (春をはらむ大気)
投稿日:2009-02-10(火)

定植タマネギ

 タマネギは昨年11月終わりに定植することができなかった。2月には普通、昨年定植したときに小さすぎたため苗床に残しておいたものを定植する。ところが、今年は、昨年やるべきだった定植をごっそり2月に延期することになった。厳冬をすぎ2月になるとタマネギの根が動き始める。その前に定植したい。すると2月始め、目安としては立春である。そこで昨日、やることにしていた。

 ところが昨日の朝食時、子どもが、今日はマラソン大会だ、と言った。学内マラソン大会ではOota川の堤防を走る。そこで予定を急きょ変更して午前中は、何百人もの生徒たちが走る姿を見て過ごした。半日ではタマネギの定植はできない。結局、予定していた定植はお流れになった。

 タマネギの定植日を決めるために、これからのスケジュールを検討してみた。サラリーマン稼業の方では、2月はスケジュールの詰まった月である。後期の授業(と試験)は2月上旬に終了するが、それからは、試験やレポートの採点、卒業論文の審査、入学試験等と期限の切られた仕事が続く。プライベートな予定も考えると、タマネギの定植は、今やっておかないと、2月後半にずれ込む。しかし2月後半ではいくらなんでも遅すぎる。今日は職場の日帰り親睦旅行であったが、正式なエントリーはしていなかった(気が向いたら参加します、なんて曖昧な返事をしておいた)ので、旅行はキャンセルして、タマネギの定植をやることにした。

 そう決心すると、野良に向けては気持ちが渋りがちなこの頃なのに、なぜか気持ちがすくと畑に向いた。立春を過ぎた光の明るさと、寒さのゆるみがそうさせるのだろうか。


 作業は、午前中は畝の耕耘、午後に定植という手順で行った。

タマネギ畝
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タマネギ畝。耕耘前。電気柵用のポールより右は他家の畑。
 
タマネギ定植
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定植したタマネギ。
左側、手前の草の生えている畝は自然畝。
 畝は11月に施肥、耕耘しておいたところで、草が生え始めていた。施した肥料は発酵鶏糞とサンライム(牡蠣殻石灰)だったので化学肥料のように流亡はしていないだろうが、再度おなじ肥料を軽めに施した。冬の間は、畑の土は晴天続きでも湿り気を帯びている。そのため、耕耘機でかき回すと、土を捏ねてしまう。深く鋤き返さないように調整したが、それでもやはり土は捏ね気味になった。

 冬はいつも着ている薄いジャンパーはつけないで作業をしたが、汗ばんできた。大気はすでに春をはらんでいた。

 午後だけで苗床の苗をすべて定植することはできない。大きいものを選んで、普通タマネギを300株、赤タマネギを100株定植した。株間は、11月に植え残した小さい苗の場合は密植するが、今回は条間30cm、株間12cmの(私流での)普通の規格に設定した。

 残り苗を定植する場合は肥料は元肥だけだが、今回は3月初めに追肥してやろうと思う。しかし、どのくらいの収量になるか、今年が初めての試みゆえに、見当はつかない。小振りな玉になるのは間違いないが…ともかく、これで心にかかっていた作業のひとつが片づいた。
SkiAgain:2009-02-07(土) (節分のスキー)
投稿日:2009-02-07(土)

 今年は暖冬なのかもしれません。いつもスキー場の方ばかり心が向いているので雪があるような気がしていますが、考えてみれば、今冬は生活圏内では積雪のせいで交通が滞った、ということがありません。勤務地のある内陸部では、たいてい年に何回かは積雪があるので、車にはスタッドレスタイヤをつけています。しかし、今冬はこれまでそのタイヤが通勤経路では役だったことがありません。

 節分の今日は、私は1月半ばの全国試験業務への代休をとり、また子どもは休校(入学試験のため)なので、家族全員でスキーに行くことにしました。スキー場は十分な積雪があるようですが、天気予報は雨。標高の高いスキー場では雪になるのでしょうが、今日行くスキー場は比較的標高が低いところにあります。

 スキー場に着くと案の定、小雨。今冬最初の雪遊びは冬至でやはり雨でした。今日は節分、暦の上では冬から春への結節点。どうも節目節目では雨、というのが今年の雪遊びの巡り合わせのようです。

 このスキー場は「Neko山スキー場」という面白い名前をしています。なぜ猫というのかは知りません。県北東部の山間地にありますが、地図で見ると、標高600mから700mのところから1195.5mの頂上に向かって錐状に立ち上がった独立の山塊となっています。あるいはその姿が猫(の顔? うずくまった様子?)を連想させるのかもしれません。こうした立地上の条件のために、ピストの数が少なく、一つ一つのピストもあまり長くはありません。一言でいうと、こじんまりとしたスキー場、でしょうか。そのくせ一番の難コースの傾斜がきつく、そのうえ幅が狭いのです。傾斜がきついと勢い雪の積もりが悪く、今日はピストの方々で土が露出しているため、閉鎖でした。ピストの選択肢は減ったわけですが、平日のため人出は多くなく、ゲレンデは混雑はしていませんでした。

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中級コースの上端あたりからゲレンデを見下ろす。途中から初級コースになる。
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(クリックで画像の拡大)
上級コースに上るリフトからの眺め。上の画像の部分は、左側に隠れて、わずかに下端部分が見える。

 このリフトの右側が、今日は閉鎖されている上級コース。スキー場のホームページによると最大斜度が39度となっている。左側が、上の画像の中級コースに合流する上級コース。最大斜度が27度。中級よりの上級コース、というべきか。
 今日の滑り道具は、私はスキー一筋ですが、子どもは、今シーズン後半はスノーボードという自らたてた計画にしたがって、スノーボードを履きました。2日スノボですから、まだまだ初心者です。また、スキーヤーの方は ma femme が、何度やっても一向に進歩しない万年初心者で、私の方は、うーん、何でしょうね。上級コースを滑りおりることはできますが、技術なんてものは微塵も感じられない滑り方ですから、自称、《低級スキーヤー》。言い方に少し格好をつければ、B級グルメという名にあやかって、《B級》スキーヤーでしょうか(← 自惚れ << 笑)。そんなわけで、せっかく家族揃っての雪遊びですが、各々の道具、レヴェルにしたがって、別々に遊ぶことにしました。しかし、狭いスキー場のことですから、何度も《既知との遭遇》はおきました。

 午前中、私はおとなしく中級コースで滑りました。基本を見直すためです(← 基本なんて身につけてはいなんだろう? 笑) 昼食後、いよいよ上級コースを攻めることにしました。まずは一度肩慣らし、じゃなくて、足慣らしで中級コースを滑ってから、と思い、リフトで上っていたときです。場内放送で上級コース用のリフトが15時で終了することが告げられました。残り30分もありません。私はあわてて中級コースを滑り降り、上級コース用のリフトに急ぎました。私以外に乗る人はいません。ピストの頂上に立つと15時まで残り15分ほど。慌ただしく滑走し、またリフト乗り場に急ぎました。リフト乗り場の近くに、赤い上着を来たパトロールの人がスキーを履いて立っていました。リフトは動いていますし、その人は私を見ても何食わぬ顔で立っていましたから、ぎりぎりセーフ。頂上でリフトを降りると、係員の人が待機小屋の窓から顔を出し「どうもありがとうございました」と挨拶しました。運転終了ということでしょう。ピスト頂上で滑り降りる準備をしているうちにリフトは止まりました。そして、私のあとに一人リフトから降りてきました。

 私はその人を先に行かせて、最後の滑走となる今回はゆっくりと降りようと思いました。でも、その人は滑り降りる気配をみせません。仕方なく、先に滑り、途中で止まりました。その人も滑り降りてきて、私より少し上の方で止まりました。そんなことを繰り返して、その人はずっと私のあとをついて来るのです。でも、途中ではたと気づきました。その人は、リフト乗り場の近くに立っていたパトロールの人。最後の客が無事滑り降りるのを確認するのがその人の任務なのです! すっかりストーカーか思い、うんざりしていたのは、私のまったくの勘違いでした(← むさ苦しい男につきまとう男ストーカーなんかいるものか 笑)。ピストの最終確認をして滑り降りるパトロールの人がいるからこそ、前回のように、助けられることもあるのです。

 営業終了時間の17時が近づいたころ、雪遊びを切り上げました。小雨は一日中降り続き、夕方になっても雪に変わることはありませんでした。明日の立春の前触れなのかもしれません。

 そのスキー場から瀬戸内海沿岸にある町まで、高速経由で約2時間。20時前に自宅に到着しました。ふー、疲れたけど楽しかった…そんな気分になっていたとき、今日最後のどんでん返しがおきました。ストックを忘れてきたのです! ストックとスキー板は帰り支度をしているあいだ、車に立てかけておきました。スキーは車に積み込みましたが、ストックはそのままにしておいたのです。軽いアルミの棒ですから、発車時に倒れたところで、その音は聞こえません。忘れたことに気づいたとき、暗い駐車場のぬかるんだ地面に転がって冷たい雨に降られているストックがスキー場の方角に《見え》ました…

後日談:
翌朝スキー場に電話してストックを探してもらい、着払いの宅配便で送ってもらうことにしました。ストックは、その次の日に届きました。一緒に遊んだストックは、永遠の迷い子になることなく、また私に合流しました。そして SkiAgain は、同じキャストで、これからも続くことになります。
村便り:2009-02-01(日) (野良に出れば鬱陶しさは風に吹き飛ばされる)
投稿日:2009-02-06(金)

定植:[自然畝]キャベツ、ブロッコリー、カリフラワー
管理:早生ニンニクの追肥


 どうしても家を出る時間が遅くなる。気持ちが野良に向かって動かない。寒のせいだけではない。農地から離れたところに住んでいると、農耕が見えないため観念の対象になってしまうからでもある。いったん否定的な考えが生まれると、観念になった農耕はその考えに蝕まれてしまう。


 今日の作業予定はキャベツ、カリフラワー、ブロッコリーの定植と、早生ニンニクの草取りと追肥。

花蕾のついたブロッコリー
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花蕾のついたブロッコリー。
 苗のまま生育が進んだブロッコリーにはすでに小さな花蕾が見えるものもあった。はたしてこの花蕾が大きくなるか… まあ、ものは試しである。
自然畝に定植したキャベツ類
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自然畝に定植したキャベツ、ブロッコリー、カリフラワー。
 畝の中央線上に4本、細い緑のポールが立ててある。そのポールを目印に、長い緑のポールが中央線上においてある。このポールは物差しであり、5cmごとに印がしてある。株間を決める目安とする。
 キャベツは昨年10月11日にベランダでポット育苗を始めた。2月に入ってからの定植を予定していたが、暖かかったせいか年内に生育が進みすぎた。年末には定植できる大きさに生育していた。しかし私は冬のずぼらにとりつかれ、苗をベランダに置いたままにしていた。

 一昨日だったか、ベランダにカラスが来る、と家族が言った。ベランダに干しておいた野菜クズのせいだ、と原因を説明した。カラスが来たのを見たわけではない。ベランダの手すりのすぐ下に大型の鳥の糞とおぼしきものがいくつか落ちていた。今までになかったことだが、私も、怪訝に思いながらも、鳥はカラスだと思った。

 昨日、私は苗の状況を詳しく観察した。すると鳥がついばんだ跡がある葉っぱがあった。この跡から考えるに、鳥はカラスではない。ヒヨである。野菜クズを狙ったのであれば、ベランダ内に入り、したがって糞はベランダ内に落ちているはずである。だから、ヒヨはベランダの手すりの下に止まり、そのすぐ近くの苗を狙った、と思われる。幸い、被害を受けた苗は3、4株だった。

 キャベツ類は、生育状況からしても、ヒヨの飛来からしても、定植は猶予ならなくなった。

 観念となった農耕から排斥力を感じながらもようやく畑に到着したのは昼過ぎだった。まずキャベツ類を自然畝に定植した。この畝は昨年初夏にそら豆を収穫したあと遊ばせておいたところ。刈り払い鎌で背の高い枯れ草を処理してから定植を始めた。作業をしながら気づいたことだが、この畝には冬の初めに米ぬかを散布した。そのぬかがまだ完全には分解せず畝の表面に残っていた。定植と同時に米ぬかと発酵鶏糞を株まわりにまく予定だったが、それを見てやめた。今でなくとも、活着してしばらくして発酵鶏糞を施せばいいだろう。定植したあとは、蝶害と鳥害の防止のため、防虫ネットをトンネル状に被覆した。



 早生ニンニクは昨秋あたらしい品種を植えた。種苗カタログによると、葉ニンニクとし使え、ニンニクの芽も収穫でき、小粒だがむろんニンニク球としても使える、というものだった。葉ニンニクとして食するには、厳冬期がすぎて生長を再開するまでに施肥していた方がいい。寒のころ施してやるのがいいのだろう。先日、妻がニンニクがなくなった、と言った。昨夏は収穫量が少なかったためだ。そこで早生ニンニクのことを思い出した。

早生ニンニク
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除草、追肥、中打ちをしたあとの早生ニンニク。
薹の立ったロケット
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ロケット(ルッコラ)。
 畑の一角には自然生えのロケットがある。そのロケットにもう薹がたち始めていた。晩冬のなかに、もう春が始まっていた。
 ニンニクは(早生も普通のものも)、植えてからの世話は一度、冬前に中打ち[中耕]しただけだったので、草の中に埋もれていた。施肥するにはまず草取りをしなければいけない。そこで、昨日から始めたが、早生ニンニクの畝はまだ半分しかすんでいなかった。今日はその続きをやり、追肥をした。発酵鶏糞にするつもりだったが、もうなくなっていたので、化学肥料を使った。発酵鶏糞も効きは早いが、化学肥料の方がもっと早いだろうから、遅れ気味の追肥にはいいかもしれない。

 早生ニンニクの続きには、普通ニンニク、エシャロットが植わっている。ついで、そこの草も取りはじめた。いつものことだが、いったん野良に出ると、それまでは動きたがらなかった心がなめらかになる。心の方から変わるのではあるまい。観念だった農耕が現実のものになり、現実にふれあい反応しながら体が動くと、観念の世界は消えてしまい、心も体と一緒に現実に向かう、ということなのだろう。

 やがて5時のサイレンが近くの小学校の方から鳴ってきて、帰り支度を始めた。
村便り:2009-01-31(土) (寒い時期、野良へはしぶしぶ)
投稿日:2009-02-01(日)

 今年になって野良仕事をしたのは1月10日の一回だけ。農閑期だとはいえ、やるべき仕事はある。寒いので外に出たくはないが、今日は重い腰をあげた。

溝修復前
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溝修復前。
 手前、割った竹を立ててある所まで前回の作業で修復した。向こう側は今日の作業の対象。右側が、他家の耕作放棄田。右側の方が高いので、そちらから水が左側のわが家の田んぼに流れ込む。
修復された溝
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修復された溝。
 水は向こうからこちら側へ流れる。デルタのようになっている所はトラクターが埋まるほど深いので、いまは耕作していない。これで田んぼ(左側)の水ははける…はず。
 ここのところ心にかかっている作業は、イノシシに荒らされた田んぼの修復と極早生タマネギの追肥。まずは田んぼでの仕事を片づけることにした。朝から風が強い。裸になった枝を、風が音をたてて通り抜ける。吹きっさらしの田んぼに立つと風はもろに吹きつけ、なんどか帽子を飛ばされた。

 前回の修復作業では田んぼから水はほとんどはけていなかった。上の耕作放棄田との境の溝がイノシシにつぶされているため、上の田んぼから絶えず水が流れこむからである。その溝を泥にまみれながら修復した。作業は、二時間ほどかかり、12時半に終わった。


 屋敷に帰るとすぐに家族がやってきた。小屋で昼食。ガスコンロでうどんを温めて食べた。冷えた体が喜ぶ。

エビイモ
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エビイモ。
 種芋は《山小屋の住人》からいただいた。エビイモということだが、栽培方法がわからないので普通の里芋と同じように作った。前回掘り上げたところ、まさしくエビイモ!と言える芋の付き方と芋の形状のものが出た。残念なことに、そのときはデジカメを携帯していなかったので、画像におさめることはできなかった。今回の画像はエビイモの特徴がはっきり出ていない。それでも、左下のイモはエビイモの特徴が出ている。付け根が細く、先端にいくにつれて太くなっている。わずかではあるが湾曲している。先っぽでひげのように伸びているのは、そのイモから出ていた茎の名残。
 エビイモの、独特な栽培方法が分かったので、今年はそれらしいエビイモの栽培に挑戦するつもり。
子芋とエビイモ
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子芋とエビイモ。
 左が普通の里芋(子芋)。右二つがエビイモ。違いがお分かりかと思う。
 午後は、休耕田で里芋類(子芋、エビイモ)を掘ったあとは畑仕事。極早生タマネギとアスパラガスの追肥。アスパラガスは年を越す前に、極早生タマネギは1月始めに追肥する予定だったが、遅れてしまった。アスパラガスは追肥のほかに草灰をまいた。アスパラガスは酸性を嫌うため、土壌の酸度調整のため。さらに、枯れた株に土を盛り、藁を敷いて防寒。防寒作業も年を越すまでにやるべき作業。ついで、ニンニク畝の草取り。5時前、家族が収穫作業を終わったので、草取りは途中でやめて、帰ることにした。

 久しぶりの作業なので、とくに午前中は湿った土を相手に鍬を使ったので、腰に少し違和感が生じた。また、筋力の衰えにも気づいた。重いものをもつと身体がふらついたりした。腰の違和感は早めに自己整体(すわなち yoga)で取り除かなくては ski 遊びに差し支えます(笑)
 てつがく村の
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