エシャロット(仏:échalote − 英語では、シャロット shallot)をご存じだろうか?ワケギに似た鱗茎を利用する。ワケギ同様、葉茎を利用することもあるようだが、私の知っているのは鱗茎利用だけである。
エシャロットの種を求めて
帰国してからはエシャロットとは縁が切れた。日本ではまずお目にかかれないからである。しかし、パリの屋根裏部屋の思い出とともにエシャロットは何度も脳裏によみがえった。ある時、我が家で自家採種し保存してあったワケギの種球を見てエシャロットとそっくりであるのに気づき、それを口にしてみた。しかし、姿は似ていても味は違った。違うだけでなく、食用には向かない味がした。
二足草鞋の生活を始めてあまりたたない或る年、秋の種を購入するために種苗カタログを見ていて、エシャロットを見つけた。「グレーシャロット」という品種名で、まさしくパリの屋根裏部屋で食べていたものであった。早速購入して植えつけた。ところが、母がワケギと勘違いし、こんなところに余計なワケギが生えていても邪魔になるだけ、と思い抜いてしまった。抜き棄てられたものを探し出してまた植えつけたが、施肥の仕方もうまくなかったせいで、貧弱なエシャロットしか収穫できなかった。今度はうまく作ろうと気持ちを新たにして次年度のカタログを探したが、エシャロットは出ていなかった。その年だけに単発で発売した種だったのかもしれない。
二、三年後だったか、今度は別の種苗会社のカタログに「エシャロット」が載っていた。送られてきた種はエシャロットには見えなかったが、ともかく植えつけた。はたして伸びてきた葉茎は、以前栽培した「グレーシャロット」とは趣が違い、むしろラッキョウに似ていた。収穫期に掘りあげてみると、ラッキョウ以外には見えなかった。ワケギやエシャロットは薄くて乾いた表皮に包まれているが、その「エシャロット」はむき出しの鱗茎だった。食べてみてもラッキョウの味だった。
書物を調べてみると、日本では若ラッキョウを「エシャロット」と称して販売していることが分かった。念のために、種苗会社に電話して、ヨーロッパのエシャロットと同じ品種かどうか質問した。最初に電話に出た案内嬢では埒が明かず、いったん電話を切って、折り返し別の担当者が電話をかけてきた。エシャロットと名前がついているがラッキョウではないか、という私の質問に、その担当者は、ラッキョウではなくエシャロットであり、種は日本で長い間エシャロットを栽培している地域から供給している、と答えた。私は、その種苗会社の「エシャロット」とフランスで食べていたエシャロットの違いを指摘しながら、さらに、問題の「エシャロット」はラッキョウではないか、と問い詰めた。すると担当者は、違う、と突っぱねながら、最後に、エシャロットもラッキョウも学名は同じですよ(*)、と捨てぜりふに近い説明をした。
(*)学名は、一部は重なるが、完全に同じではない。完全に同じだとすれば、ラッキョウを「エシャロット」と名前をつけて販売しているからにほかならない。今でも、その種苗会社に限らず、「エシャロット」というラッキョウが怪しげな説明をつけて販売されている。
日本でエシャロットの種球が販売されていないのは、エシャロットが日本の食習慣に入り込めないからではないだろうか、と考え、もしエシャロットを栽培しようするなら、外国から種を輸入するしかないか、と思い始めた。以後、二度輸入種を手に入れたことがある。一回は、フランスから日本に来たフランス人に種を頼んだ。しかし、その種は、鱗茎ではなく、抽薹した花が結実したものであり、しかもF1種(一代交配種)であった。F1種ではなく、普通の(固定種の)エシャロットが欲しい私は、せっかくのその種を蒔かなかった。もう一回は、タイから来た人が、タイのエシャロットだといって鱗茎を二、三個くれた。表皮の様子からしてまさしくエシャロットであるが、形状は小さい球であった。もともと食べるためにもってきたらしく、すぼみ始めていたが、その鱗茎を植えつけた。そのエシャロットは今でも自然畝の片隅で生き続けている。
だからエシャロットは、フランスから帰国後の私にとって、幻の野菜であり、なんとか手に入れる手だてがないかと夢見る野菜であった。