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ひろば(BBS)

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2006-07-10 ☆ 畦塗り

《水稲の栽培で重要なのは水の管理である。「水田」という名の示すように、稲を栽培している間は田んぼに水が溜めておく。そのため、田んぼを囲む畦から水を逃がさないように畦塗りをする。》
- 水田の構造- 畦塗りの必要性- 畦切り- 代掻きをすると水が溜まる!- アガタをとる- 畦塗り


水稲の栽培で重要なのは水の管理である。「水田」という名の示すように、作土は、栽培時期によって、水面下に沈むこともあれば、ひたひたの水に浸かっているだけのこともあるが、ともかく田んぼには水が溜まっている。だから、田んぼは水を溜めるのに適した構造をしているし、また、周囲から水を逃がさないように畦塗りをする。この記事では、畦塗りをテーマにしながら、田んぼに水が溜まる仕組みを紹介する。

まず田んぼの構造からはじめよう。

水田の構造
畑は自然の地形に沿っている。傾斜地にある畑は傾斜している。しかし、田んぼの場合は、耕地は水平にして、水が均一に行き渡るようにする。したがって、傾斜地では、田んぼは階段状に並ぶことになる。形状も、傾斜方向に狭く、傾斜と垂直な方向に長くなる傾向にある。そうした特徴を際立ってしめすのが、棚田である。

田んぼの構造の立体的特徴をイメージするには、平皿を思い浮かべるとよい。平皿で、砂が水に浸されているとしよう。田んぼの底は、傾斜地では水平に削られて整えられる。底は水がしみ込みにくいように、赤土で固められることもあるらしい。そして、その上に作土が入れられる。平皿で言えば、砂である。水田の土はぬかるんでいるが、ぬかるんでいるのは作土であり、その下は堅い。水田に入ってみれば分かるが、泥に埋まった足はふつう二、三十センチで堅い地盤にあたる。平皿に指を突き刺せば、砂を押し退けて進むが、底にあたると止まるようなものである。

畦塗りの必要性
底が水を通しにくいだけでは水は溜まらない。平皿に水が溜まるのは、底から縁が立ち上がっているからである。皿の縁は、田んぼでは、畦である。したがって、畦も、皿の縁同様、水を通しにくい構造(*)をしていなければならない。

(*)水田と皿の違いは、皿は水を通さないのに対し、水田は少しずつ水を漏らす点にある。それは単に「容器」の材質の違いによるだけではない。水田は水を通さなくてはいけないのである。というのも、水が完全に滞留するとすると、その水はいずれ腐ってしまうが、腐った水は植物体に悪影響を与えるからである。つまり、水田は適度に水を溜め、かつ排出する構造をしているのが望ましいのである。
私は傾斜地の田んぼの場合しか知らないので、そうした田んぼに限って話を進めることにする。畦を水が透りにくい構造にするためには、畦塗りをする(*)。畦の、水田側の側面に泥を塗り付けるのである。泥の粒子はきわめて細かいので、水を通しにくい。畦塗りをするのは、田んぼを取り巻く畦全体ではなく、下側の畦だけである。水は自然の節理にしたがって、傾斜地の下の方に向かって漏れ、けっしてその逆はないからである。また、情況に応じて、横の畦も塗る。だから、長方形の田んぼで最大限畦塗りをすると、上側の畦は除いて、左右両側と下側を「凵」の字型に畦塗りをすることになる。
(*)畦塗りは伝統的には手作業であるが、今では畦塗り機械もある。また、今ではもっと「効果的な」代替方法が田圃によっては使われるようになった。たとえば、畦をビニール・マルチで覆う方法である。
畦切り
畦は毎年塗り替える。

まず、田んぼに水を入れる前に、「畦切り」をする。前年度塗った泥を、スコップや鍬を使って、畦から切り離す(はぎ取る)。畦切りをすると、しばしばモグラの穴が見つかるが、その穴はしっかりと塞いでおく。小石とか布切れとかビニール片とか水に溶けないものを穴の奥に押し込んで、それから土を入れて塞ぐ。最後に赤土で栓をすると完璧に塞ぐことができる。入り口付近に土を押し込むだけのような、いい加減な塞ぎ方だと、田んぼに水がはいるとまた穴が開いてしまう。

代掻きをすると水が溜まる!
ついで田んぼに水を入れて代掻きをする。代掻きは二度するが、畦塗りは、一回目の代掻き(荒代掻き)が終わったあと、二回目の代掻き(植代掻き)をするまでに、おこなう。荒起し[乾田の状態で土を起こすこと、すなわち耕起すること]が終わっただけの田んぼは、水を入れてもすぐに抜けるが、一回目の代掻きを終えると、水は溜まりやすくなる。畦塗りする畦のそば(トラクターを使うとすれば、ロータリーの幅分)は丁寧に掻くようにすると、水の溜まりはさらによくなる。また、田圃全体を代掻きしなくとも、畦のそばの土を掻き回すだけでも水が溜まるようになる。そのわけは、畦近辺の土が泥状になり、水を通しにくくなるからである。このことから、水が逃げるのは大部分が畦を通してであることが分かる。

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(クリックで画像の拡大)
(イ)アガタのとり方
  畦際に寄せる泥の量について言えば、私の基本的としては、鋤簾一杯に掬った泥を、直前に寄せた泥の半分と重なるように置く。泥の量が少ないと塗った「壁」が薄くなり、雨や田んぼの水の浸食作用で「壁」が落ちてしまう。畦の状態によって量は調整する。

(ロ)泥を寄せた状態

(ハ)塗る泥の高さ
  田んぼの水面に対して畦が十分に高い場合(左側の図)は泥の上側は畦と同じ高さでいい。しかし、畦が低い場合(右の図)泥の上側に傾斜をつけて上端を高くする。そうしないと、水が溢れ出てしまう。このように塗るためには、アガタをとるとき泥を多めに寄せておく。(次の写真を参照。)
アガタをとる
荒代掻きを終えると、作土は泥状になる。その後、二、三日して「アガタをとる」。「アガタをとる」とは、畦に塗りつける泥を畦に寄せる作業のことである。泥寄せには、鋤簾[ジョレン]と呼ばれる専用の鍬を使う。鋤簾は、平鍬の幅が広くなったようなもの、あるいは、塵取りに柄を付けたようなものである。その鋤簾を、畦に立って田圃のなかに差し入れる。そして掬い載せた泥をグイッと手元に寄せて、畦際に置く。寄せた泥は表面の半分くらいが水面から出た状態になるようにする。水深が深く泥が水に沈んでしまうような場合には、田んぼから少し水を抜く。なお、代掻き直後ではなく、少し時間が経ってアガタをとるのは、代掻き直後では泥がさらさらしていて鋤簾に載りにくいうえに、寄せた泥が水に溶けて流れてしまうからである。

泥は寄せたすぐは、塗るのに適していない。塗りつけても、軟らかいので崩れてしまう。しかし、泥は硬すぎても作業しにくいし、また塗ったあとにひび割れが多くなる。そこでアガタをとって畦を塗るまでしばらく適当な時間をおく。すると泥は、水面から表面が出ているので、いくぶん水気が抜けて硬くなる。私は、朝、アガタをとり、日中泥の水抜きをしたあとで、夕方、畦塗りをすることにしている。(夕方、畦塗りをすると、翌朝まで泥の水気はゆっくりと抜ける。ところが、朝、畦塗りをすると、晴天の日には泥の表面が急速に乾き、ひび割れが多くなる。)

畦塗り
荒代掻きをしても、さらに、畦周辺を丁寧にかき回しても、水が溜まりにくかった場合でも、アガタをとるとさすがに水の溜まりがよくなる。畦際に寄せられた泥の固まりが水が逃げるのを阻止するからである。そして、仕上げが畦塗りである。

畦塗りは近所の人たちに教えてもらった。とりわけ隣家のおばあさんに教えてもらった方法が、私の塗り方の基本になっている。それについては、2002年5月に記事にしたことがある。以下に私の塗り方を説明する。説明は図を参照しながら読んでいただきたい。(図の番号と説明の番号は対応している。)

畦塗りは5つの工程に分けることができる。(1)から(4)までは畦から作業、(5)は田んぼに入っての作業である。

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(クリックで画像の拡大)
畦塗り
説明は本文を参照。
(1)泥を重ねる
アガタをとって寄せた泥は畦から30cmくらいの幅がある。その泥の、畦から鍬の幅よりやや広めの部分を残して、残り(すなわち、田んぼのより内側にある泥)を平鍬で掬って畦のそばに残した泥の上に載せる。

(2)泥を押さえる
畦よりやや高くなった泥の上側を平らにする。そのために、平鍬を、端(図では右端)を畦の端(左端)に沿わせながら、泥を押さえるようにして滑らせる。

(3)泥を叩く
泥の田んぼ側の側面を平鍬で叩くようにしてなだらかな斜面にする。(急斜面にすると、水の浸食作用によって塗った泥が崩れやすくなる。)叩くことによって泥のなか空隙が潰れ、水が透りにくくなる。

(4)叩いたあとの凸凹を均す
泥を叩いたあとは凸凹が残っている。斜面に沿って平鍬を滑らせると凸凹が目立たなくなる。

(5)仕上げ
田んぼの中に入り、平鍬で斜面を押すようにして滑らし、仕上げをする。

塗り終えた畦を見ると、泥の形が整い、表面が濡れて光るので、審美的感覚を刺激する。その感覚には仕事のあとの達成感も伴い、しばし見とれてしまうこともある。

しかし、やがて雨が降り、田んぼの水の浸食作用にさらされると、塗った畦は変化する。

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(クリックで画像の拡大)
畦塗りをはじめて2年目(2003年)の作業。
 農具は、手前が鋤簾、向こう側が平鍬。
 鋤簾の手前は、アガタをとり畦際に泥を寄せた状態。鋤簾と平鍬の間の泥は、手前半分が泥を寄せた(2)の状態であり、また向こう側半分が泥の上側を平らにした(3)の状態。平鍬より向こうの畦の状態が(4)が終わった状態。
 畦が低いので、泥は高く塗ってある。(最初の図を参照)
斜面はへこむ。だからといって心配はいらない。十分に厚くぬった泥は全部崩れて流れることはない。それに崩れた泥は畦近くに溜まるので、やはりその時節に応じた働きをする。その時節に応じた、と書いたが、田んぼは、田植えから稲刈りまでずっとなみなみと水を湛えているわけではない。田植えから1カ月半は深水から湛水[土が水の下に隠れている状態]状態、2カ月後からは飽水状態[土の表面が湿り、長靴の跡に水が溜まっているような状態]になるように水管理をする(田植え後4カ月半で収穫する中生の「ヒノヒカリ」の場合)。塗った畦は崩れても、そのような水管理の時節に応じた水は保持することができるのである。

また常時水から出ている泥の部分には草が生える。硬くしまり、さらに草が生えるおかげで、その部分は、塗った泥の高さがほとんど変わらない。上の皿の比喩を使えば、皿の立ち上がった縁にあたる畦は水を溜めるだけの高さを保つのである。

塗った畦は、稲の生育とともに変化し、役目をおえると、来年の再生作業のために痕跡だけを残し消えてしまう。田んぼでは畦さえも生きているようである。
 
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