天地人籟タイトル  
 
サイト内検索
 
▲次の記事
●記事一覧
▼前の記事
 
村の入り口
(TopPage)
 
 
ご感想やご意見は ...

ひろば(BBS)

e-mail
2005-07-03 ☆ ニンニク包丁

七月に入ってやっと梅雨がやってきた。気象庁の梅雨入り宣言後、宣言は冗談かと思えるほど晴天続きだった。異常というよりは異様な気象のため、我が家の関係する井手[農業用水路]のうち溜め池のある井手では、六月中に二度も池の水を抜いた。梅雨時に渇水とは、前代未聞かどうかは知らないが、少なくとも近来はないことである。

(クリックで画像の拡大)

昨日、七月二日(土)は終日雨。外での仕事はできないので、午前中、収穫して納屋に入れたままにしてあるニンニクとライ麦を「しごう」(*)した。 (*余分なもの、不用なものを取り除いて、必要なものだけに整理すること。喧嘩のとき相手を恫喝するときに、この言葉を使い、「わりゃ、しごうしちゃるど!」とか言う。『仁義なき戦い』の世界です…)
ニンニクは六月の後半になって畑から抜き取り、納屋に入れて乾燥させておいた。やろうとしたことは、葉っぱの部分を切り取り、ニンニク漬けにするものを選り分けることだった。じつは今年はニンニクを「しごう」するのを楽しみにしていた。
今年2月3日付けの「日本農業新聞」に青森県田子町の農鍛冶、中畑文利さんの記事が載っていた。その記事で中畑さんの手になるニンニク包丁が触れられていた。「ニンニク農家が皮をはいだり、根を切り落としたりする、出荷調整作業に欠かせない包丁」という説明があった。記事を読むと、その包丁が欲しくてたまらなくなった。そこで田子町の近くに住む方(仮にAさんと呼ぶ)に無理をお願いして、田子町のJAで包丁を手に入れてもらった。(ちなみに、田子町は有名なニンニクの産地である。)
Aさんから送られてきた包みを開くと包丁は二本入っていた。二つは刃の形が鏡像のように、左右対称である。工業製品とは違い、左右対称とはいえそれぞれ個性があり、いかにも手打ちの味わいがあった。Aさんのメールによれば、JAでは、包丁は皮をはぐのではなく、根を切り落とすためだけのものであり、二本はそれぞれ押し切り用と引き切り用であり、普通は押し切り用を使う、との説明をしたとのことであった。包丁を手にしたときから、実際に使えるニンニクの収穫時期を楽しみにしていた。

私の場合、ニンニクは自家用であり、とくに根を切り落とす必要はない。しかし包丁の使い方と使い勝手を知るため、ニンニクの塊、三十個ほどの根を切り落としてみた。Aさんのメールにあった通り、根を切り落とすためには押し切り用が使いやすい。身体から遠ざける方向に刃を動かすので、自分を傷つける心配がない。
包丁の刃は湾曲している。刃は片刃であるが、外側にふくらんでいる側に刃がついている。この湾曲の理由は最初は分からなかった。しかしいくつか試し切りしてみると、湾曲した部分に根をあてるときれいに切り落とせるのに気づいた(写真参照)。湾曲しているおかげで、根を深く切り落としても、ニンニク本体を傷つけることがない。よく工夫されている。
(なお、このニンニク包丁には、写真でもうかがえるように、刃の根元に「田子」という銘が彫ってある。制作者である中畑さん自身を示す銘でもおかしくないのに、なぜニンニク産地の名前だろか。銘の選択の理由が、私にはゆかしい。個性と創意が打ち出す刃物ではあるが、個性をひけらかす芸術とは違う農具のありようを、すなわち、地に生きる人たちが身の一部として使う道具のありようを心得ている人の選択のように思えるからである。)
私がニンニク包丁に引かれた理由のひとつに、「皮をはぐ」のに便利ではないか、ということがあった。私はニンニク漬けを作る。そのため、ニンニク片ひとつひとつの皮をはぐ。その際、刃物を補助具として使う。今まではいわゆる「肥後の守」と呼ばれるナイフを使っていた。塊をばらした後、ニンニク片の皮は尻の方からはぐ。はぐきっかけを作るために、ナイフで堅い皮を引っかけて外す。しかし刃がまっすぐなナイフではうまく引っかからない。届いた包丁を見て、これは使えるかもしれない、との予感を抱いた。刃が湾曲していたからである。湾曲していれば、皮を引っかけやすいし、また皮を引っかけたとき、中身を傷つけることもない。
「しごう」したニンニクを三十個ほど家に持ちかえり、さっそく、皮はぎを試してみた。予感は当たった。引き切り用とされた包丁(私は右利きであるから、写真では下側の包丁)を使うと、「肥後の守」より能率があがるのである。

こうして、二本の包丁は、私にとって、「押し切り用」は根切り用として、「引き切り用」は皮はぎ用として、それぞれ別の用途に使えることが分かった

予想した通りの、使える農具である。使うのは一年に一度だから、しごうが終わると刃の部分に油をひいておくことにした。これから毎年使うたびに、農具を鍛えた農鍛冶の技と心意気を思い、また、無理をきいていただいたAさんのご好意を思うことになるだろう。
 
先頭に戻る
 


てつがく村
depuis le 1er avril 2000