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ひろば(BBS)

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2004-03-01 ☆ トラクター
(旧暦 211日)

「天地人籟」は去年の8月5日を最後に、7カ月間「鳴り」をひそめていました。その間にも「てつがく村」では様々な出来事が起き、「人籟」になろうとしましたが、結局は響かずに終わりました。そんなわけで、久しぶりの「籟」ゆえ、うまく音が出るかどうか心もとないのですが、今日は昨年購入したトラクターについて書いてみます。
今日はとりあえず言葉だけにして、後日、時間があれば、写真を付け加えたいと思います。

−とうとうトラクターを購入−荒起こし−あわやスタック−復田−食料の値段

とうとうトラクターを購入

我が家には耕耘機がある。トラクターに対して、たんに耕耘機というと歩行型のものをさす。駆動輪が二輪で、その後ろに耕耘する回転歯が、ついて歩きながら、本体から伸びた二本のレバーで操作する。
耕耘機での作業は時間がかかるので、通いの兼業農家で時間の余裕のない私は、代掻きはトラクターを所有している人に委託している。さらに、稲刈りもコンバイン(稲刈りと脱穀を行う機械)と籾乾燥機を所有している、同じ人に委託しているので、私は稲作に関しては半人前である。私のおかれている事情からすればサラリーマンをやめないかぎり、完全な一人前になるのは無理である。とはいえ、自分がこなす作業を増やしてはいきたい。作業を委託するのは、時間的に、また肉体的に楽であるが、他方、自分ができないがゆえの不完全燃焼感と、自分の思い通りにできないゆえの不満が残る。しかし、現在所有している農機具からすれば、いま以上の作業は自分ではできない。そこでまずトラクターを購入し、少しでも一人前に近づこうと考えたのである。
トラクターは乗用型の耕耘機と書いたが、厳密には牽引車であり、牽引する機械により、耕耘機にもなり、畦立機とか畦塗り機とかの他の作業機にもなる。私は牽引車に耕耘する回転歯(ロータリーと呼ぶ)をセットしたものを購入した。排気量1000ccで18馬力のディーゼル・エンジンを搭載し、トラクターとしては、乗用車にたとえれば、1300cc前後のコンパクトカー・クラスに相当する。大型のものは、価格も高いし、また、我が家の田圃は狭い(村は圃場整備がしていないので、田圃の区画は一般に狭い)ので、取りまわしに不便である。値段と田圃に相談して、コンパクトなものを購入した。(ちなみに、我が家の耕耘機は380ccで7馬力のディーゼル・エンジンを積んでいる。)
買ったのは去年の八月である。購入する前に、収める場所を作る必要があった。購入を躊躇していたのは、収納場所がなかったこともある。候補としては、耕耘機などの農機具や肥料が収めてある小屋しかなかった。程度のいい中古で買って十年ほどの耕耘機には、まだまだ働いてもらわなくてはいけない。田圃よりさらに区画が狭い畑には、トラクターは大きすぎる。我が家の屋敷には、建物としては、農機小屋、作業小屋、土蔵しか残っていない。そこで、耕耘機は土蔵の屋根の下に移動し、雨よけにビニールシートを被せておくことにした。さらに、父が使っていた田植機とバインダー(稲を刈り取り、結束する歩行型の機械)は処分することにした。農協の販売担当者にその二つを見せて、「こりゃ、修理しても使えんかの」と尋ねたところ、「こがいに古いもん、修理する、せんゆう問題じゃない」と彼は答えた。おそらく二十年は経過している機械である。しかも、私は一度も使ったことがないし、父も晩年は田植や稲刈りは委託していたので、たっぷり十年は放置してあったことになる。父が、田植や稲刈りが終わると、きちんと整備して収めていたのを思い出すと、後ろ髪が引かれるような思いがしたが、トラクターと引き換えにその二つの機械は廃棄してもらうことにした。

荒起こし
納車された当初は、八月中に休耕田で初運転をするつもりだった。しかし、初めてのトラクターで不慣れなためと、サラリーマン業との兼ね合いとで、初運転は結局、暮れも押し迫った十二月三十日となった。
トラクターは耕耘機に比べて大型で強力である反面、大きな事故が発生しやすい。トラクターを運転するときにとくに注意すべきことは、ひとつは転倒、もうひとつはスタック(軟弱地での埋まり込み)である。
トラクターは乗用車と違い、サスペンション(車軸と車体との間にあって、路面の凸凹から来る衝撃を緩和する装置、懸架装置)がない。乗用車であれば簡単にこなしてしまう凸凹でも、トラクターでは凹凸にそのまま反応して車体が傾き、慣れないと転倒しそうで怖くなる。実際、バランスを失って転倒することがよくあるそうである。(近年のトラクターには転倒事故防止のため、運転席の後ろに逆U字型のフレームがついている。そのおかげで、万が一転倒しても、運転者がハンドルをしっかり握っていれば、トラクターの下敷きになる危険性が低くなる。)転倒事故が起こりやすいのは、畦を越えたり、段差をまたいで田圃を出入りするときである。だから、田圃の出入りの際は、畦と直交する方向でトラクターを動かすようにする。そうすれば、車は前後には揺れるが、左右には傾かず、左右への転倒は防げる。
また田圃への出入道が急坂のところがある。トラクターは、作業機をつけると重心が後ろに移動する。そのため、急坂を登ると後ろにひっくり返ることがあるらしい。だから、急坂では、移動中は上にあげている作業機を地面近くまで下げて、転倒しかかった場合の支えにしたり、前進ではなく後退で登ったりする。転倒防止の運転法は、あらかじめ販売担当者や近所の人から教わっていた。

十二月三十日は初運転なので、スタックの危険のない田圃を選んだ。田圃の出入りのときに注意すれば、あとは、販売担当者から聞いたり、マニュアルで読んだりした操作を実地に経験しながらトラクターに慣れればいい。たいていの家では、稲刈り後、冬になる前に一度荒起こしするが、我が家の田圃は稲刈りをしたまま、まだ切り株がそのまま残っていた。その田圃を荒起こしすることにした。
たしかにトラクターは便利であり、楽である。
多少、地面が軟弱なところでも、ごつい大輪のタイヤを履いた四輪駆動車なので、問題なく走行できる。一昨年も荒起こしをしたのは十二月であった。稲刈り前の排水がうまくいかなかったせいで、軟弱な地面にコンバイン(稲刈りと同時に脱穀する機械)の轍が残り、そこに水が溜まったため、田圃が乾き切らなかった。それでも、なんとか土の状態の悪くないときに耕耘機を入れたが、車輪が何度も埋まりかけて、難渋した。今年は圃場は十分に乾いていたが、それを差し引いても、耕耘機に比べれば、トラクターは圃場の状態にさほど左右されない。つまり、スケジュール通りに作業を進めやすい。
また、耕耘機より作業が早い。ロータリーの耕耘幅を比較すれば、耕耘機は60cmであるのに対し、トラクターは130cmで、耕耘機の2倍あまりである。耕耘速度は耕耘機に速度計がないので数量的には比較できないが、かりに平坦地での直進速度が同じだとしても、凸凹や軟弱地があり、場合によっては草が生えている実際の圃場ではトラクターの方が速い。だから、作業能率は耕耘機の優に倍にはなる。
耕耘機は人間の力も要求するので、冬でも作業を始めると体が温まってくる。圃場の状態が悪いときは重労働にもなる。ところが、トラクターの場合、作業中はアクセルは一定に保ってあるので、運転者は座ってハンドルを動かすだけでいい。トラクターでは体が楽すぎて寒風が身に滲みるほどである。

あわやスタック
年が明けて、一月の二回目の週末に残りの田圃を荒起こしした。このなかには、ダブ田(湿田)もあった。
トラクターでの作業は便利で楽な反面、軟弱地でスタックしてしまうと大変なことになる。耕耘機の方がスタックしやすいが、一人でも泥の中から引き出すことができる。車輪の下をスコップなどで掘り下げ、そこにあゆみ(耕耘機などを段差や溝を越えて出し入れするための渡し板で、表面は凸凹になっている)を差し込み、足掛かりを作ってから脱出させる。労力は要するが、身近な道具で足りる。ところが、トラクターはいったんスタックすると、人一人の力ではどうしようもない。大きなトラクターで牽引して引き出すか、重機で引っ張りあげるしかない。我が家のダブ田でも、作業を委託している人がトラクターをスタックさせてしまい、その人が所有しているパワーショベルで引き上げたことがある。
スタックを回避するには、むろん軟弱なところにはトラクターを入れないことが一番である。我が家のトラクターの最低地上高は335mm。スタックは、車輪が最低地上高をこえて埋まり込み、車体が接地してしまったとき起こる。しかし、スタックの危険のあるダブ田でも、できるかぎりトラクターで耕起したい。すると思わず深みに入ってしまうことがある。だから埋まりこみそうだと分かると、すかさず土が固い方にハンドルを切って脱出するようにする。判断が遅れるとトラクターは泥に沈んでしまう。また、軟弱なところはバックで入って行ってから耕耘をはじめるようにする。トラクターの車輪は後輪の方が前輪より径が二倍近く大きい。だから後輪の方がスタックしにくい。後輪の沈み具合を見ながら後退して、これ以上後退すると危険であると判断したところで、ロータリーを下げて耕耘をはじめる。軟らかいところから固いところに向かって機械を動かすのであるから、スタックすることはない。ダブ田での、このようなトラクターの使い方は、農協の販売担当者や近所の人の話から、頭では分かっていた。
しかし、頭で分かっていても、実地で体験しないと操作の微妙な按配は分からない。
最初の体験なので、問題のダブ田を耕起するときは、ともかく、無理をしないことを心がけた。傾斜地にある田圃の場合、ウワコウ田(田圃の上側の部分)の方がダブけている(湿田状態である)。耕耘機で何度かスタックし、また、トラクターもスタックした、田圃の中で一番、底が深い部分へは入らないことにした。(この部分は田植機も入らないので、膝近くまで泥に埋まりながら手植えをする。)そして、その周辺は、バックで入ってから耕耘する方法をとった。
その部分ほどではないがやはり深い部分がある。その部分は、その日、ウワコウ田の畦際を耕起できたので、一般に畦際より底が浅い田圃の中側もなんとか鋤けるだろうと判断し、畦に平行に、浅い方から深い方に向かって、トラクターを動かした。ところが、しばらく鋤くとトラクターが沈みはじめた。「定石」通り土の固い方に急ハンドルを切った。しかし、前輪は急に曲がった分、よけいに沈み、さらに曲がった前輪がブレーキのような働きをしたためであろう、後輪が空転しはじめた。そのときの私の最初の反応はと言えば、「しょっぱなからやってしまったか」と、車輪自体が見えていないせいであろうか、船が沈みはじめているのにまだ船内には水が浸入していないので実感がつかめない、といった気分で、人ごとのように状況を考えてしまった。つぎに、オフロード・ドライビングのテクニックを説明した本に書いてあったことを思い出し、「前後に揉んでみるか」と二三回前進と後退を繰り返した。これでうまく車輪が足掛かりを得られれば脱出できる。しかしトラクターは脱出する気配はなかった。ふーと一息ついてまた前進にギアを入れると、今度は動きはじめた。数メートルを次第に這い上がりながらやっと脱出できた。そのときはじめて、かあっと頭が熱くなってきた。
トラクターの後ろには深い轍が残っていた。手で深さを測ってみると深いところで20cmほどあった。最低地上高のカタログ値からすれば、脱出できない深さではなかった。トラクターの車体の下部にも泥はついていなかった。やはり沈みはじめたとき、心底では焦っていたのだろうか。冷や汗ものではあったが、このスタック寸前の出来事で、湿田での操作の、或る程度のこつは めたような気がする。

復田
最後に、長い間休耕している、というよりむしろ、耕作放棄している田圃を荒起こしした。この田圃は我が家の田圃の中では一番下に位置する。

記録によれば、この田圃は平成元年を最後に耕作していない。父は晩年の七年は耕作しなかったことになる。むろん私の時代になってからは一度も作っていない。この田圃が耕作されなくなったのは、ダブ田で、しかも狭いからである。広さは250平方メートルであるが、細長い半月の両端が切り落とされたような形状をしている。水を引くのも落とすのも一方の端の一カ所であるから、水が乗りにくいし、はけにくい。しかし、狭いので、耕作しなくとも大きな影響はない。そこで、父は休耕を続けたのだと思う。私としても田植の準備から委託しているため、条件の悪い田圃をわざわざ作ってもらうのは気が引けた。
そのうち田圃の状態はまさしく耕作放棄田になってしまった。父に言われて一度、耕耘機で耕起した記憶はあるが、私の時代になって耕起したかどうかははっきり覚えていない。草刈りか草焼きは最低一年に一度はしているが、そのとき以外は草が生えるがままになっていた。セイタカアワダチソウやイネ科の多年草も生えてきた。土の中は雑草の根が深く張っていた。稲刈り後の田圃に鍬を打ちいれて引くと、さくっといった感じで土塊が出てくる。しかし、こうまで根が張ると、鍬は土中に刺さったままとれなくなる。鍬を引き出そうにも、土をしっかりとつかんで縦横に張った根網に絡みとられて動かなくなるからである。耕耘機で耕起しようとしても、回転刃は土の中に入り込んだまま止まってしまったり、土の表面を軽く掻くだけであったりして、土をしっかりと鋤き起こすことはできない。こうして、耕作するのに条件が悪いという以前に、耕作ができない田圃になってしまった。
すると、稲を作ろうとすると、まずは復田の作業が必要になる。しかし、力が弱く作業に時間がかかる耕耘機では、なかなか復田に踏み切れなかった。
おまけに、一昨年と去年、田圃は猪に荒らされてしまった。周囲には耕作放棄田が多い。その多くは条件の悪い湿田である。猪は山から降りてきて、放棄田に生えたセイタカアワダチソウに身を隠しながら周囲をうかがい、水の溜まった田圃で転げ回ったり、畦を掘り返してミミズを食べたり、実りはじめた稲を食べたりする。我が家の、その田圃はどうもミミズ漁りと泥遊びの場所になったようである。畦は壊され、田圃の中はあちらこちらに大きな穴ができていた。こうなると、耕作放棄田というより、荒れ野というほうがふさわしいかもしれない。猪と人間の闘いは昔からあったはずだが、田圃が荒れるにしたがって、闘いの前線は、人間の方が押されて、山辺から田圃の中にまで移動してきたのである。
以前からこの田圃でも稲を作りたかった。大学生の頃、当時は稲刈りは鎌を使った手刈りであったが、この田圃で稲刈りをしたかすかな記憶がある。田圃には水が残っており、泥に足がとられないように、刈り取った後の株に足を乗せて刈り進んだ。その記憶が復田の思いを支えていた。復田することで途絶えかけた過去を蘇生させたかった。むしろ更新したかった。

トラクターで耕起する前に、同じ平面にある隣の田圃との境になる畦を切りなおした。上の田圃との境である横手(排水や引水のための溝)も猪によって大分、潰されていたが、そちらの方は耕起した後で、掘りなおすことにした。
草の根の張りめぐらされた土はトラクターでも起こすのに難渋した。ロータリー刃を最初から深く土に入れて耕起し始めると、刃が回転せず、エンジンが止まることがあった。そのときには、最初は浅く耕起し、刃の回転の勢いがついたところで、さらに深くから土を起こすようにした。また、猪が転げ回ってできた穴のところではトラクターが大きく揺れた。ロータリの方は、トラクターの揺れにもかかわらず一定の耕深と耕耘角度を(いまの場合では水平に)保つ装置がついているので、少々の揺れは影響がないが、トラクター自身は車輪が一つでも浮いてしまうと、四輪駆動の状態でも、駆動力がその車輪に集中し他の車輪は駆動されないので、前進できなくなる。穴が大きいところで、一度そのような状態になってしまった。マニュアルは何度か読み、頭の中で操作のシミュレーションをしておいた。このようなときのために、デフロックの機能がある。四輪に適当な駆動力を配分する差動装置、ディファレンシャルの動きを止める(ロックする)機能である。デフロックすると、駆動力はどんな場合でも四輪に均等に配分される。とっさにデフロックを思い出し、足でデフロック・レバーを押し下げた。するとトラクターはまた前進をはじめた。
私は現今では環境破壊車として非難の的になっているオフロード車をもっている。その車にもデフロックの機能はある。しかし、オフロード車といっても、私の場合、未舗装の林道を走るぐらいが関の山であり、車輪が浮いてしまうような本格的なオフロードは経験したことはなかった。デフロックは、深い雪道でしか使用したことがなかった。ところが、考えてみればトラクターもオフロード車である。岩場を走ることはないにせよ、泥濘地とか凸凹とかの走行は想定されている。オフロード乗用車では経験しなかった、本格的オフロードをトラクターでは経験できるのである。別の田圃でスタックしそうになり冷や汗をかいたことも、この田圃でデフロックで凸凹を乗り切ったことも、「まっとうな」仕事をしていて遭遇した出来事であるが、心の中では、オフロード走行を楽しんでいるような愉快な気持ちがあった。百姓には、大人になったらおおっぴらにはできないような「遊び」を、くそまじめな顔をしながら、堂々とできる、といった楽しみがある。私にとっては、トラクターもそういった「遊び」のひとつのように感じられる。言ってみれば、トラクターは、オープンタイプの、究極のオフロード・カーである。
話を元に戻せば、いま問題になっているような穴は耕耘機では潰すのが困難である。穴にはまり込むと耕耘機は転倒することもある。うまく通り越したにしても、回転刃が浮いて耕耘はできない。だから、耕耘機を使うのであれば、鍬などで穴をあらかたふさいだ後で耕耘することになる。しかし、トラクターは何とか穴をこなして、ロータリーは穴を潰してしまう。
一回トラクターを動かすと、その田圃は一応、平地になった。しかし、それでも土塊は縦横に根が張ったままである。後日、私は石灰窒素を散布して再度、耕耘した。石灰窒素には植物質の腐熟を促進する働きがある。稲刈り後に散布した稲藁の腐熟を促進するために散布したりする。石灰窒素は肥料であると共に農薬である。最終的には化学的に変化して窒素肥料になるが、最初の成分であるカルシウムシアナミドには毒性がある。そのため除草剤としても利用できる。農薬嫌いの私は多少抵抗があったが、このままでは今年は田圃にはならないかもしれないという不安があったので、石灰窒素を利用することにした。
復田は緒についたばかりであるが、初夏にはこの田圃で田植ができればいいが、と思う。

食料の値段
トラクターは便利で楽であり、楽しくさえあるが、反面、採算性を考えだすと、それほどたのしい機械とは言えない。値段と田圃の広さに相談して購入する機種を選んだが、値段に相談したといっても採算計算をしたわけではない。それどころか、採算を問題にすれば、購入にはなかなか踏み切れない。トラクターの能力からすれば、乗用車のコンパクトカー・クラスに相当する、と書いたが、本体価格はそのクラスの最上級車の値段に匹敵する。(ただし、トラクターの場合、小型自動車として登録はするが、税金など登録諸費用は必要ない。)稲作体系のなかでトラクターは耕耘の仕事だけをこなす。機械化した稲作体系ではさらに、田植には田植機が、また、収穫には、バインダー(稲を刈り取って結束する機械)と脱穀機か、コンバイン(刈り取って脱穀する機械)と籾乾燥機が必要である。トラクターのかぎられた役割と現在の米の価格を考えれば、20年間、使用しても採算がとれないと思われる。私のような自給的農家にとっては、機械化した稲作で完全な一人前になることは、採算を度外視した設備投資をすることなのである。

ただ、自分自身を取り巻く狭い事情からの推論だが、本来食料は高くつくものだ、と思う。
現在、国は農業も国際競争力をつけるべきだ、と言っている。そのためには、意欲ある担い手に農地を集約し、大規模な農業によってコストを削減する。少ない担い手で広い農地を経営するためには、大型機械の導入など設備投資をする。そして農産物の価格は、設備投資費や人件費、さらには輸入農産物の価格を考慮して、決定される。しかし、その結果、農業従事者の収入がせめて他産業並みの水準になるのだろうか、と私は疑問に思う。収益は設備投資や国際競争力強化のために回され、肝心の人件費には思うようには向けられないのではないか、と懸念する。価格と引き換えに、農業従事者の収入は、そして生活水準は犠牲にされる・・・
このようなシナリオが私自身の体験から想像されるのである。私は現在の生活水準をサラリーマンとしての収入によって維持している。そして、その生活水準を維持しながら、なおかつ農産物の自給をしようとしている。すると、サラリーマンとして働く時間を除いたわずかな時間で効率的に農耕をしなければならない。そのために高価な機械が必要になってくる。その結果、我が家の米の「価格」は上がってしまう。さて今度は、私自身から日本全体に目を向け、私自身の体験を下敷きにして考えてみよう。現代日本では、多くの人が第二次産業以上の産業に従事している。そして、そのおかげで、わが国は経済的に繁栄し、一昔前には想像できなかったような生活水準を享受できている。他方、農業従事者は減り続け、農業は衰退の一途をたどっている。ここで、農業従事者を含む国民全体の生活水準を維持し、なおかつ農業を再生させようとすれば、国産の農産物の価格は高くならざるをえない。価格が低水準に押さえられるときは、農業従事者の犠牲が背後にある。
農業が国際競争力に耐えられなければ、国際分業することにして、外国から価格の安い農産物を輸入すればいい、としても、やはり、食料は高くつく、のである。低価格は見かけにすぎない。所得水準の低い国から輸入する農産物が安いのは、日本人にとってであり、輸出国の農業従事者にとっては必ずしも安いわけではない。場合によっては、輸出野菜を作るために、自国向けの野菜を犠牲にするかもしれない。(植民地時代のプランテーションがその例。)低価格には、輸出者の見えない犠牲が上乗せされている。また、商品価値を高めるため規定以上の農薬を使う。その場合には輸出者と輸入者の双方で、健康と環境とに負荷がかかり、その負荷が低価格に上乗せされている。所得水準の高い農業大国からの輸入にしても、やはり見えない価格が上乗せされている。日本の農業からすれば超大型機械を使い、遺伝子組み換え作物を農薬をふんだんに撒いた畑で栽培する。ここでも健康と環境への負荷が価格に上乗せされる。また、大規模農場で雇用される低廉な農業労働力の犠牲も価格に算入されるべきであろう。命を支える食料はどんな状況で生産されようとも、けっして安くはないのである。

だから、私のような場合であれば、「赤字」覚悟でトラクターを導入するのは理の当然ということになろう。ところで、食料は高いものだ、という命題について、もう少し考えておくべきことがあるような気がする。その場合、考える基本となるのは、食料は命であるということ、あるいは、命は命によってのみ養われるということである。食料と工業製品の決定的な違いはこの点にある。この点を基本とすると、単にコスト計算とか搾取といった経済学の言葉だけでは食料の「価格」を論じ切ることはできない、と思う。この観点からもっと考えてみたいが、時間がかかりそうなので、また別の機会にしたいと思う。
 
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