てつがく村の入口 | てつ人の雑記帳


天地人籟

2017-10-02(月)  ☆ 2017-09-30(土) ☆ イノシシが走る里
畑の周りには、イノシシの侵入を防ぐために電柵を張りめぐらせている。ただ、近年は通電はしていない。イノシシは高い学習能力をもっていて...

畑の周りには、イノシシの侵入を防ぐために電柵を張りめぐらせている。ただ、近年は通電はしていない。イノシシは高い学習能力をもっていて、通電している電柵で痛い目にあうと、以後、電柵に警戒心を抱くようになる。すると、通電していなくても、電柵は効果を発揮する。近所の、山に近い畑で常時通電している電柵があるので、そのようなイノシシの習性に期待して、通電はしていなかった。


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電柵(電気柵)。
向こうの電柵とこちらの電柵を地下に埋めるパイプの中に電線を通してつなぐ。電源は向こうの電柵の方にある。
ところが、最近、ダミーの電柵が効かなくなった。先日も長い間イノシシの侵入がなかった畑でサツマイモが二日連続して荒らされた。そこで、電柵の通電を再開することにした。しかし、長い間通電していなかったので、電柵はすぐに使える状態にはない。そこで、まず、電柵自体の整備をする必要がある。昨日から始めて今日の午後は、二つの畑の電柵をつなぐ作業をしていた。二つの畑の間には、他家の人も利用する通路があり、そのため電線を地下のパイプに通して二つの電柵をつないでいる。

作業をしていると近所の人がやってきた。彼は「Tさん」と私の名前で呼びかけてきた。(「てつ人さん」ではありません 笑)「あんたがたの田んぼにどうもイノシシが入っとるみたいなんじゃけどね。」彼は我が家の田んぼの近くに住んでいて、その田んぼの向いに、休耕しているが田んぼをもっている。でも、一部を畑にしていて、時々やってくるので、我が家の田んぼの状態をよく見ている。

その人は地面に田んぼあたりの地図を描きながら説明した。どうも、農道を挟んだ隣の田んぼからイノシシが侵入してきて、田んぼの中を走ったようだった。隣の田んぼは今年は休耕していて、草が高く繁っている。イノシシは、そこで《遊び》、その勢いでわが家の田んぼに侵入してきた、と思われる。

もう夕方だったが、彼の説明を聞いたあと、畑の電柵整備は中断し、道具類を荷台にのせて、軽トラで田んぼに向かった。


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隣の休耕田。イノシシに掘り返された跡がある。
 

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稲がかき分けられたところが、イノシシが侵入した跡。撮影したのは、次の日。
 

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イノシシが田んぼから飛び出た跡。右側の田んぼから、用水路を飛び越して、農道に飛び出ている。農道に泥の跡が残っている。足跡からすると、向こうに向かっている。向こうは、イノシシが出てきた休耕田。
イノシシは隣の休耕田を掘り返していた。ミミズなどの餌を探すためである。高く繁った草の中が、あちこち掘り返されていた。その田んぼの向こうは耕作放棄田が広がっている。イノシシの遊び場、餌場、身の隠し所である。今年は、その田んぼもイノシシの領分になってしまった。その田んぼとわが家の田んぼは農道を挟んで接している。だから、イノシシは抵抗感なく侵入してきたのだろう。わが家のその田んぼがイノシシに入られたのは、今回が始めてである。

稲がかき分けられた跡から推測すると、イノシシは、侵入した田んぼから、順番に並んでいる三枚の田んぼを駆け上り、三枚目の田んぼの端で高ゲシ[「ゲシ]とは傾斜地にある田んぼで、上の田んぼと下の田んぼとの段差部分をいう。「高ゲシ」とは、大きい段差のこと。]に行く手を阻まれて、引き返したものと思われる。途中で、たぶん転げ回ったと思われる場所がある。田んぼから農道に飛び出たと思われるところには、泥のしぶきと足跡が残っていた。

私は田んぼに侵入しそうなところの草を刈り、そこにダミーの電柵を張った。直ぐ近くの休耕田で野菜を栽培していて、そこが、通電している電柵で囲まれているので、侵入したイノシシはきっと学習していると判断したからである。ダミー電柵で効果がなければ、代りに、太い針金の格子でできた柵を設置しようかとも思っている。

休耕田・耕作放棄田が増えると、イノシシはそこを利用して、耕作している田んぼに侵入する。イノシシの前線がどんどん里の内部に入ってくる。田畑に侵入して味をしめたイノシシは繰り返しやってくる。村の労働力は減少し、老齢化する。弱体化した里を野の獣は我が物顔に荒らす。


作業が終わったときにはすっかり暗くなっていた。田んぼから屋敷に戻る途中、今年の秋祭に囃子を出す家の前を通ると、庭が煌々と照らされていた。蔵と作業小屋しか残っていない屋敷に帰ると、すぐ近くのその家で囃子の練習がはじまり、笛と太鼓の音が聞こえてきた。多…神社(「てつがく村」には多…と竹…の二つの神社がある)の氏子の集落は五つの地区に分かれていて、年ごと順番に秋祭の囃子を担当する。だから、五年に一回、地区に担当が回ってくる。地区では担当の家が決められる。

わが家は、私の祖父の時代に囃子を出した。父は家庭の事情で、やむなく竹…神社の集落に住むようになったので、父の時代には囃子を出すことはなかった。しかし、父は死ぬ間際まで、自分が生まれ育ったこの屋敷に戻りたがっていた。そして、屋敷に戻って囃子を出したい、と元気なころに言っていた。私自身は、この屋敷に小さいころ一年ほど住んだだけなので、屋敷と屋敷の地区に執着はない。しかし、病床にあって闇雲に屋敷に帰りたがっていた父を間近で見ていたので、また、山を手放さざるをえなくなった代償にある程度の金が手にはいったので、それを元手に父の、果たせなかった願望を実現したい、と思っていた。その思いは、しかし、時とともに、そして私の気づかぬうちに、むし食まれていた…

そのことを思い返す度に宿命めいたものを感じる。父が屋敷を出たとき、それはかりそめのことではなく、喪失の長い長い旅のはじまりだったのではないだろうか。私は屋敷に家を建てることはもうないだろう。そもそも自分の家をもつこともないだろうとも思う。

祭り囃子の練習の明かりを再度近くに見やってから、私は暗い屋敷で車のエンジンを始動した。暗闇の、私の、借家に帰るため。
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