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生草マルチ 2000-07-09

田圃は、米を2反ほど作り、残りは休耕している。その休耕田の一部に、子芋(里芋のことだが、子芋を食べるタイプなので、村ではコイモと呼んでいる。)や大豆を作っている。今年は、家族の希望で、スイカも作ることにした。

今年は、7月に入るともう梅雨が開けたような状態になり、晴天の日が続いている。例年なら七夕は梅雨の最中で、天の川など滅多に見られない(もっとも、旧暦であれば、七夕は1カ月ほど遅れるので、織女と牽牛と逢瀬を見ることができる)のに、今年は満天の星空である。

昨日の午後、田圃に水を見に行った。ついでに子芋などを作っているところも見てまわった。子芋と黒大豆の畝は、母がここ数日で草取りをしている。両方とも近々、元寄せをするつもりだからである。元寄せは、子芋の場合、芋を太らせるため、黒大豆の場合、倒伏防止のためである。しかし、それが済むと、草は生えるがままにしておく。黒大豆の畝には、大豆は丈が高く葉も茂るので、余り草が生えないが、子芋の畝には、草が茂り、中には子芋より高くなるものもある。半ば投げ作りであるが、それでも十分に立派な豆や芋ができる。

スイカは、最初から投げ作りのつもりでいる。家族が希望したときには、すでに播種適期を過ぎていたので、苗を買って定植した(5月下旬)。定植時には、耕耘機で耕して広い畝を作り、少々の基肥を施した。それ以降、スイカは草とともに育ち、今は小さな玉がついている。投げ作りにしようと思ったのは、3年ほど前、荒れ放題になっていた近くの草の中で育つスイカ (拡大写真はここをクリックしてください) 田圃に立派なスイカができていたのを思い出したからである。それにスイカは、カボチャ同様、少肥栽培の作物であり、さらに、実は草のなかに隠れていれば、カラスなどに狙われる心配もないだろうと思ったからである。

最後に、そのスイカを見てまわった。スイカは、子芋の隣に植えてあり、子芋の畝で取った草がスイカの畝の端に並べてある。昼の3時過ぎだから、日差しは強い。身を屈めると、抜いて干されていた草からは、むっとした熱気が伝わってきた。ところが、スイカとともに成長している草の方に体を動かすと、その熱気がすっと去った。地に根を伸ばし生きている草からは、青い匂いとともに、湿り気を帯びた息吹が立ちのぼってきたのである。涼しい、と言ってもいい。スイカは、炎天下でも、雑草と共に、結構快適な環境で暮らしていたのである。

トマトやナスやキュウリは梅雨が開けると、 稲藁でマルチング(mulch : 根元を覆うこと)してやる。乾燥を防ぐためである。ナスとキュウリは、晴天が続くと、さらに灌水してやる。そうしないと、実のなりが悪い。マルチングの材料は、藁とか堆肥だけではなく、最近はポリ・マルチ(マルチング資材に石油製品を使う)が、乾燥防止、雑草防止、畦の漏水防止など、色々な用途に使われている。私はポリ・マルチは使わない主義である。湿気や熱気を土に閉じ込め、土を太陽と風から遮断した人工的な環境で、野菜を作りたくないからである。それに、マルチ資材に使われるビニールは、そのあと飛散して、田や畑のあちこちに散らばりがちであり、そうなれば腐ることはなく耕地に残る。黒いビニールで覆われた畝や畦、使用済みになったビニールが千切れて散らばる様は、そもそも、風景に溶け込まず、美しくない。農耕の美学に反する。草は取ればいい。畦は田の土で塗ればいい。畑が乾くのなら、藁や枯れ草で覆えばいいのである。そう考えていた。

しかし、干し草の熱気と生きた草の息吹とのコントラストはショックだった。

自然農法に以前から興味をもっている。福岡正信『自然農法 わら一本の革命』(春秋社刊)を読んだのがきっかけである。しばらくして松山市の大学に就職した。福岡氏は伊予市在住だったので、一度彼の農地を見てみたいと思っていたが、その機会もなく、広島に移った。それから、川口由一『妙なる畑に立ちて』(野草社刊)をたまたま本屋で手にして読んだ。川口氏は福岡氏に影響を受けて自然農法に入った人である。農園の写真が印象的だった。広島で彼の講演会があったとき聴きに行った。そのとき彼の生活の一年を記録した映画(注)も上演されたので、自然農法のイメージをかなり具体的に掴むことができた。自然農法による稲作は相当手間がかかりそうで、週末農人の私には無理である。しかし、畑作はできそうな気がした。それでも自然農法にはなかなか踏み切れない。自然農法を実地に見て、その「技術」(自然「農法」である以上、やはり「技術」はあろう)を知らないと、試行錯誤で時間がかかるだろうからである。事実、福岡氏にしても川口氏にしても、一朝一夕にして彼らなりの農法に到達したわけではなかった。

こんな経緯で、自然農法は、自分の目指す農法の方向として、いつも頭にある。できるところから真似ようと、たとえば、作物が成長したあとは草取りをしないでおこうと思う。野菜は小さいときは他の草に負けてしまうことがある。元寄せなどの作業のさい、草は邪魔になる。だから、一定の成長段階、ないしは作業過程までは、草取りをする。あとは、草は生えるにまかせ繁るにまかせる。収穫が終わったあと、鋤き込めばいいのである。土から出来たものは土に返してやる。これが自然農法の原則である。しかし、この程度でも、うまくいかない。「こんちゃん」農園を仕切っているのは私である。畑について言えば、作付け計画、畑作り、播種、定植、支柱立てなど、多少知識や技術や力が必要な作業は私がやっている。そして、草取りは母に任せてある。ところが、草取りに関して、いつも母と衝突する。母は商家の生まれであり、結婚してからもほとんど農業に携わったことがない。それでも父が定年退職したあとは、草取りなどをして農業を手伝い始めた。その母の固定観念が、「草は取らなければいけない、肥を[作物から]取る、放っておけば種を落として増えてしまう」である。草を取らなくてもいい、と口うるさく言っても、草を抜いてしまっている。だから、なかなか自然農法の「実験」ができない。(田圃は畑から5分ほど離れたところにあり、畑にいても目につかないのと、母は年をとって余り移動したがらないため、前述のように、休耕田の野菜は、自然農法的な味付けで、作っている。)そこで、草をとって裸状態になったトマトの畝を、梅雨明けと共に、乾燥防止のため、藁でマルチングする、といった具合になる。しかし、雑草生え放題と藁マルチの違いをそれほど深刻に考えたわけではなかった。それどころか、藁マルチは、自然農法ではないにせよ、すくなくとも、親自然農法的だと漠然と思っていた。

だからこそ、スイカ畑の「生草マルチ」を体感したとき、目が覚めたようにショックを受けたのである。

裸の畝と草が繁っている畝とは湿り具合が違うことは、以前から気づいていた。感覚を鋭くしてみなくとも、耕してみると一目瞭然である。繁った草が、日差しを遮り、地面から水分が蒸発していくのを妨げるためであろうか。あるいはまた、植物体自身が水分を蓄え、蓄えた水分を発散しているためであろうか。ともかく、草が繁っている畝には水が蓄えられている。それに加えて、スイカ畑で体感した、あの息吹のすがしさである。つまり、「生草マルチ」された畝は、気候の激しさを緩和する力をもっている、ということである。もともと野の草は共生することで、夏の暑さや乾燥などを凌いできた。「生草マルチ」は植物のもっているそのような力を引き出していたのである。

これに関連して、6月終わりに蒔いたスティックセニョール(ブロッコリと他の野菜を交配させてできた一代雑種)とキャベツのことが思い浮かぶ。それらは梅雨の時期なので、すぐに発芽した。しかし、発芽して間もなくして、「梅雨明け」である。やっと双葉になった時期に乾燥が始まった。キャベツなどは、少なくとも育苗期間は、寒冷紗をかぶせて虫害を防ぐ。しかし、隙間から入った小さな虫のせいで、双葉に虫食い孔があき、すぐに無残な姿になった。乾燥と虫食いにやられ、そのうち苗は消えてしまった。もしこれが繁った草のなかに蒔かれたらどうだったろう、と考える。日差しと乾燥から守られ、虫もさほど寄りつかず、それなりの苗ができたのではなかろうか。

普通の農業は、いわば「零からの足し算」農法である。まず畝作りと称して、〈更地〉を作る。そこに必要と計算される肥料を投入する。前作が残肥の多い作物であれば、残肥分は差し引く。場合によっては、堆肥を入れて有機質を加える。それから種蒔きなり定植なりをする。「雑」草が生えれば除草する。「害」虫が来れば、殺虫剤を撒く。乾燥を防ぐためにポリ・マルチをする。灌水もする。見た目のよい肥満体の作物を目標に、その目標にプラスになると思われるものを、〈更地〉に加算し、マイナスと思われるものは、除去するのである。このようにして人工的な環境で作物を育てる。しかし、その環境は、自然と比べてみれば、人知が、よいと判断したごく少数の条件からしかなっていない。手間と金と資源をかけて、やっと似非自然を組み立て、その中で作物を作っている。ところで、そのようにしてできた作物が本当に我々の身を養うに十分な生命力をもっているだろうか。自然農法の野菜に比べれば、配合飼料と抗生物質を与えられて成長した鶏と、平飼いで自由に餌をついばんで成長した鶏の違いぐらいはあるだろう。

それに対して、自然農法は、おそらく、「全体からの引き算」農法である。すべては与えられている。そのなかから、作物に不都合な条件だけを取り除く。

たとえば、川口氏は、稲の苗床を作るとき、苗床にしようとするところの草を刈り、表面の土を薄く削るそうである。そして、そこに種をおろす。というのは、そのまま蒔いてしまうと、稲は夏草に負けてしまうからである。
引き算すれば、当然全体のバランスは崩れる。だから、引き算の最小限を見極め、全体のバランスが回復不可能な仕方では手を加えない、というのが、自然農法の「農法」、栽培「技術」なのであろう。

(注) この映画は、ナレーション部分と、川口氏とインタヴュワーの会話とを中心に、川口由一・烏山敏子『自然農−川口由一の世界』(晩成書房刊)という本になっている。 本文に戻る

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