てつがく村の入口 | てつ人の雑記帳


村便り

村便り:2009-03-30(月) (飲み疲れの残るからだで人参を播種)
投稿日:2009-04-04(土)
播種(畑):ニンジン 3月28日(土)と3月29日(日)は講中の一泊旅行だった。 講とは葬礼の互助組織のこと。葬儀がまだ自宅と村の火葬場で行われ...

播種(畑)ニンジン

 3月28日(土)と3月29日(日)は講中の一泊旅行だった。

 講とは葬礼の互助組織のこと。葬儀がまだ自宅と村の火葬場で行われていた時代は生活していく上で不可欠の組織であった。その時代には講山の管理が毎年、講中総出で行われていたし、それ以外にも親睦的な集まりが定期的に行われていた。しかし、市営の火葬場を使うようになり、また、参列者への賄いが講中による手作りではなく仕出し弁当になり、さらにまた、葬儀場も民営の専用ホールを利用する家もでるようなった今は、講中からの援助は昔ほどの重要さはもたなくなった。昔は講から八分にされると生きていけなかったが、便利になり経済的にも裕福になった現在では、講の援助がなくても葬儀を営むことができるほどになった。それにつれて講組織は弱体化していく運命にあった…

 弱体化から講を救ったのは、あるいは、弱体化の歩みを遅らせたのは、講山の一部が市によって買い上げられてできた現金の財産だった。その使い道として年に一度の親睦旅行が始まった。現金ができたのなら構成員で分配すればいいではないか、という考えがあるかもしれないか、組織の性格上、おそらく財産の分配はできない。「総有」という概念がある。財産の管理は組織に属し、個々の構成員には財産権はない。すなわち、構成員は財産の分割を要求することは、たとえ組織を離脱するときでも、できない。そして、個々の構成員に属する権利は、組織によって益をうける権利になる。講とは、おそらくそういう意味での「総有」的組織なのである。村有地への入会権、水利集団に属する農業用水路への水利権なども、そのような「総有」的関係にある。講は、言ってみれば《前近代的》な組織なのである。

 《前近代》的所有関係と人間関係が、《近代》の進展につれて消滅していくのは自然なことなのかもしれない。ところが、講は消滅をまぬかれた、あるいは、消滅が延期された。

 今年の旅行の目玉は、有馬温泉と洋上クルージングだった。参加者は二極化している。小学生までの子どもか、定年退職後の年代に属する高齢者かである。サラリーマン現役は私を含めて二人しかいなかった。働き盛りはすっぽりと抜けている。参加者の年齢層は、講の行方を暗示しているようにも思える。消滅? もしかしたら、再生?

 …などと、久しぶりに理屈をこねてみたが、講旅行の、私の《実態》といえば、酒びたり(笑)



(クリックで画像の拡大)
代わり映えのしない畝の画像ですが… 何もないと寂しいので、付けておきます。
 向こうの不織布がかかっているのは、3月27日にダイコンを蒔いたところ。ニンジン畝にもこのあと不織布をべた掛けした。
 まだどこかに、旅疲れならぬ、飲み疲れが残るからだで、今日(月曜日)の夕方、先週の金曜日に準備していた畝に人参を蒔いた。春蒔金港五寸[@サカタ]と金港四寸[@サカタ]。金港四寸は去年の残り種。五寸よりは若干早生のようである。
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